あと1年生きると決心した24歳

2014年、大学4年生の時に難病(全身性エリテマトーデス)、大学留年、仕事クビ、現在再発中で二度目のパルス療法、絶望

魔の平成4年生まれ


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 この記事に超納得ですわ(^^)
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/7728605/

 5年前、大地震で大学の入学式がつぶれました。それから節電で夏休みを1ヶ月早めるため、毎週土曜日も通常授業になりました。月曜から土曜までフルで授業、日曜日は夜までアルバイトをしていました。家から大学まで2時間かかったので、毎朝5時起きでした。無駄に見栄はってオシャレぶってヒールを履いていたので、毎日足が痛かったです(笑)友達も合う人がいなくて、すごく辛い時期でした。
 節電のため7月から夏休みに入り、気が緩んだからか、頭痛に悩まされるようになりました。9月に入り、もうすぐ秋セメスターがはじまる〜嫌だな〜と思っていたとき、謎の高熱が続いて隔離入院することになりました。おそらく、ここでSLE発症だと思います。

 当時は膠原病内科にも見てもらったのですが、膠原病ではないと言われたため、総合内科で隔離されていました。11月ごろ大学復帰したのですが、ついていけるはずもなく、そこからストレスマックスでした。あのときは何も知らない1年生で余裕もなく、しかも膠原病だと知らなかったからこそ、周りに追いつくことに必死でした。膠原病ってわかっていたら、行動も変わっていたと思います。もしかしたら治っていたかもしれません。

 結局、3年生のゼミが始まるまでは辛い日々が続きました。3年から始まったゼミは面白くて、友達もできて、少し安定しました。しかし、私たちの世代まで、3年の12月から就活でした。そこからなぜか、とある人物に八つ当たりされたり、私の人生を否定されるようになりました。この人物とはゼミは違いましたが、仲良くしていました。急に最悪な性格になったのは、おそらく彼女も就活に焦っていたからだとおもいます。今の私だったら、わたしのストレスになるから近づくな!と言えますが(笑)、健常者だと勘違いしていたわたしはヘラヘラするだけでした。

 彼女と同じ授業を取ることが多かったのですが、4年生になり、授業で彼女に合う日は頭痛がしました。4年の春セメスターは彼女に会いたくなくて具合が悪くて休むことが多くなり、4月の終わり、謎の高熱。7月まで一度も下がりませんでした(笑)結局ステロイドを入れて、7月の終わりにSLEだと判明しました。9月まで入院していました。

 退院したあとは学校には行かずに家にいました。ステロイドで激太りし、髪も抜けてハゲになったので、もう行くつもりもありませんでしたが、ゼミの教授が、翌年留年しても気楽に過ごせるように、とメールで卒論の指導をしてくださって、卒論だけは出しました。年明けの発表だけはマスクして参加しました(笑)マスクからはみ出るムーンフェイスと、不自然な髪の毛に対する周りの目が嫌でしたが、その日が現役生と会うのが最後だったので、少し割り切れました。当時の日記には副作用による見た目のショックが大きく、来年の今頃はどんな姿かな、、と書いてありました。

 

次の日曜は卒業式です。参加しませんが(笑)。見た目は普通になりました。髪の毛は、高級サロンで髪を太くする施術をして復活しました(#^.^#)


今日は両親と3.11に関する映画を見に行きます。ただ3.11で被災した方たちの苦しみを知って泣くだけではなく、わたしの病気人生の始まりでもあるので、色々なことを思い出して泣いてしまうと思います。