あと1年生きると決心した24歳

2014年、大学4年生の時に難病(全身性エリテマトーデス)、大学留年、仕事クビ、現在再発中で二度目のパルス療法、絶望

困難にぶつかることは<成功>の道に入ったことだ。


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「あなたたち皆、絶対に成功できる!困難にぶつかることは<成功>の道に入ったことだ。あなた自身をつくりなさい!必ずできるようにつくることだ!困難に十分に打ち勝って、成功を勝ち取りなさい!」

人は、<経験すること>が多ければ成長する! 多くのことを経験した人であるほど、深く広い者になる!

だから<苦労すること>を嫌がるな! もっと多くの努力が必要な困難の瞬間が来ても、 それ自体を受け入れなさい!

避けずに、何度も行おうとしなさい!

あなたが経験する すべての苦労と努力が新しい姿に生まれ変わり、 実を結ぶようになる!

人が<成功>に向かっていく時に 段階別に経験しなければいけないことがあるが、 それはすなわち、苦労と努力と困難だ。

<成功したすべての者たち>は皆、 困難と苦痛と苦労の山を越えた!

平地だけを歩いていて 「成功」に達するのではないということだ。

大きくても小さくても「困難」にぶつかって、 それに該当するもがきをして、 結局、得られるものが、 まさに<成功>だ。

成功の山を登ってみると、 苦労と努力ともがきと各種の困難にぶつかるようになる。 それらの後ろでは<成功>があなたを待っている!

だから、もがきを嫌がるな! 困難に打ち勝とうと、一層行いなさい!

あなたたちが見る困難は 困難それ自体ではなく、 あなたを一層成長させる道であり、 成功の核心地に あなたを導いてくれる各自の道だということだ。

だから、困難にぶつかったら一層研究しなさい!

困難を十分に乗り越える者になれるように、 あなた自身の考えを磨き、 その考えで強力に行なって、 あなた自身を一層錬磨しなさい!

人は、試練があるから強くなれるのだ!

人は困難にぶつかるから、 一層高いところを見て、挑戦できるのだ!

人につらいことがあるから、 そのことを越えられるように、 自分をつくっていくことができるのだ!

人は、自分の失敗によって受ける苦痛があるから、 自分自身を一層引き締めて、一層熱を上げて、 命を懸けて行うことができるのだ!

困難が来るのか? つらいのか? これ以上はできないのか? 泣きそうになるのか? 体を動かすことができそうにないのか?

一層行なってみなさい!

できないという考えは、 できるという考えに翻しなさい。

あなたの身の上を嘆いて涙を流すその状況を、 必ずもっと良い状況に覆えすんだという 負けん気と執念で翻しなさい。

鋼鉄のような精神を持つようになれば、 どんなことにも屈することはない!

どんなことにも押しつぶされない精神を持ちなさい!

強力な精神で すべてのことを十分に打ち砕いてしまいなさい!

それがすなわち成功の精神だ! 成功の道を行く者は「精神」が生きていなくてはいけない!

その精神はすなわち、 必ず行うという精神だ! できなくても命を懸けて行なって、 最後にはできるようにするという精神だ! 死に物狂いでやろうとする精神だ!

精神の値によって、成功と失敗が左右される!

精神が、できることとできないことを左右する!

これを知りなさい! 悟りなさい! 深く考えなさい!

できなくても、できるようにつくる精神だ!

この精神を受けなさい! できない現在の状況に屈服しないで できるようになるためにあなたの精神をつくりなさい!

結局、あなたが後で状況を決定するようになる! 結局、あなたの精神が現在の不可能を可能にするようになる!

必ずできる。 本当に成される!

あなたたち皆、絶対に成功することができる! 信じて行おう。

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、、、辛いお~~~w。体痛い、、、。特に足の裏!でもまずは言葉を脳に刻むことから始めていますよ。今日載せた命の言葉は(命の言葉というのは、恩師の言葉を聞くと、単純に私が生き返るから勝手に大げさにそう呼んでいますw)、決して、体が痛い病人に対して、死ぬ気でやれ!!という意味ではないですよ。昔はこういう言葉を聞くと、誤解して恨んだり批判したりさびしく思ったのですがww。しまいには不信して背をむけるという幼い行動も沢山しましたw。ごめんなさいw。

 こういう言葉や心を教えて下さる先生は、「絶対に一部だけ聞いて判断して誤解してはいけないよ」、とおっしゃいます。先生は「研究しなさい、研究しなさい」とよくおっしゃいます。それは、聞いた言葉を勝手に誤解し判断して自暴自棄にならないで、どうすれば生活の中でひとつでも実践できるのか、研究しなさい、ということなんですよね。

 実践してみるのはあなただともおっしゃいます。言いかえると、あなたの責任分担だとおっしゃいます。先生がよ~~く喩えられる比喩は、赤ちゃんにご飯を食べさせるとき、スプーンで口まで運んであげることはできます。だがしかし、、、実際に飲み込むという行為をするのは、赤ちゃんの責任分担だということです。はい、なるほど。

ところで、今週の目標を掲げることを忘れていました。先週のプレドニン5ミリ感謝祭は離脱症状により、むしろすべてのことに対して恨み不平不満をぶちまけるという事態に陥り、失敗におわりました。。。あああ、なんてこった(>_<)今週は、自分が与えられているものを見つけることを一番の目標にします。人をうらやまないことにします。スローガンは「滝のような和睦」ですww。「滝のような和睦」という一見、意味不明なスローガンについては明日書きますw。もう眠くて眠くてwおやすみなさい。