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あと1年生きると決心した24歳

2014年、大学4年生の時に難病(全身性エリテマトーデス)、大学留年、仕事クビ、現在再発中で二度目のパルス療法、絶望

逆さの考え、衝撃的な悟り


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 プレドニン40ミリ4日目。あと10日間も40ミリなんて~~気が遠くなりそうで、乗り越えられるかな。体重は54.8キロ。太っているけど仕方ない。糖尿病にならなければいいや。まだまだ遠い退院を夢見て、筋トレやヨガやストレッチを始めました。結局、私の体は私が管理しなければだめなので、自分の体を貴重に思うことにしました。こんな難病でおデブでステロイド漬けだけどね。

 昨日の出来事は鬱になって記録できていなかったので、下書きを改めて更新します。以下です。

 昨日は家族も来ないので、ひたすらパソコンと向き合って研究していました。最近、大切だと思ったことは、隠密なことは隠密に進め、対話すべきことは対話すべきだということです。特に家族に対して、病気をただわかってほしいだけではなく、実際に病気を理解して協力してもらうには、そもそも病気自体への理解が必要であることに気が付きました。というのも、私は自分の病気に関して、ものすごく無知でした。知るのが怖かったのです。ネットで調べると多くの情報が入ってきて、薬の副作用やデメリットだけが考えに残るのが嫌で、極力、膠原病の人が書いたブログや、膠原病に関する本はみませんでした。それなのに、長が出す薬に文句ばかり言って、私は間違っていることに気が付きました。

 納得できる治療をするためには、病気や薬、自分の体調、生活についてもっと研究して把握していかなければならないと思いました。そうしてこそ、医師という専門家である長と同じレベルで対応できると気がつきました。家族に関しても、家族は私の日々の態度、長からの報告でしか病気をしることができていないから、私がある程度知識をつけて、家族にも対話して教えて理解してもらうプロセスが必要だと気が付きました。あたりまえのことなのに、勝手にいつか治ると思って自分の病気と向き合うことが怖くて逃げていました。情けなく幼いですよね、見た目はいい大人だというのに。まったく。

 私の最高の短所は、事実を逆さに捉えることです。つまり否定的。先日、社会福祉士を目指している同じ膠原病の友達であり相談役でもある子がお見舞いにきてくれた時に、彼女が行っている専門学校のパンフレットを持ってきてくれました。正直、福祉系=病気と何かしら関わりがある、というイメージから、私はとにかく病気から逃げたくて、まったく違う仕事に魅力を感じていたし、さっさと病気を治して、病院、福祉、国の難病制度や援助などとはさっさと縁を切りたかったのです。だけど、そのパンフレットで、リアルな時間割とか授業内容をみて、おや、、、おもしろそうだな。と自分の考えが覆されたことにきがついたのです。また、今回の入院期間、沢山の人の膠原病闘病記ブログも読みました。中でも、とあるSLEの男性のブログに衝撃を受けました。そこにはただ病気だからとひねくれるのではなく、真剣に病気と向き合い、主治医と治療方針を考えている姿があり、驚きました。ただプレドニンやだ!と騒いでる私とは天と地の差です。その方が、オススメしていた膠原病についての本を購入したので、家族にも読んでもらうことにしました。その方の日記がものすごくおもしろくて参考になるのに、今はあまり更新されていません涙。また入院日記、更新してほしいな。。。

 そして今回、再発ということで、2回目です。自分が自己管理できなかったから、自分は運が悪いから、自分が全部悪かったから、2回目だからもっと希望もない、憂鬱で仕方がないという考えが大きかったです。とにかく絶望。だけど、恩師の言葉を思い出したんです。

◆<一回目の機会>にできなければ、必ず<二回目の機会>が来ます。それが「最後の機会」だということを本当に分かって、その時は必ず何としてもやらなければなりません。<一回目にできなくて二回目に機会が来るまで>は「準備する期間」です。

・<一回目>には技術も足りず、決心も弱く、準備も足りず、重要なことも貴重なことも分からず、速くやらず、また心と思いと命を尽くしてやらなくて、できませんでした。

・<二回目の機会>が来るまで、‐苦痛と刑罰の期間を経ながら、‐できなかったことを悔しがり、残念に思い、後悔し、嘆いて、心情で舌を噛み締め、もがいて準備をして、<二回目>には「最後」だから、必ずやらなければなりません!

・一回目でも、二回目でも必ずやらなければなりません。

・行なわなければ、‐何もありません。行なえば、‐あります。それによって存在するようになります。

・行なったということは生きたということです。できなかったということは死んだということです。

◆自分の人生のために生きて行くのです。だからいつも「自分の行ない」を顧みなければなりません。

・自分が行なうべきことについて、ちゃんと行なったか、行なえなかったか、毎日詳しく顧みてください!

・そして<できなかったこと>はもう一度準備をして、必ずやらなければなりません。

・<行なったこと>は得たから、それをもって「もっと行なうべきこと」を研究して、行なうのです。

、、、今回、2年で再発しました。この2年間、うまくできたこともあったし、もはや何もかもあきらめて、最初は食生活や運動など自己管理を頑張っていたのに、仕事で体力的に余裕がなくてできなくなったり、プレドニンも長と相談して20ミリにしたり8ミリにしたり朝夜飲んでみたり、徐々に崩壊して生きました。病気のこともそうだし、私の心的にも、きれいな水に、墨汁が一滴おちて、じわわわ~と広がるように、徐々にものごとがうまくいかなくなりました。そういう中で、パルスをして、ショックで、人生がおわったとおもっていました。でも、逆さに考えていたのかもしれません。2回目のチャンスがきました。病気と向き合いはじめました。(それでも病気は嫌だし恨めしいし、私の気持ちなんか誰にもわからんとおもってますがw。)だから、私の人生は終わったと思うのはやめました。もう少しだけ頑張って、今年をちゃんとしめくくれるように頑張ります。ゆるく、がんばります。