あと1年生きると決心した24歳

2014年、大学4年生の時に難病(全身性エリテマトーデス)、大学留年、仕事クビ、現在再発中で二度目のパルス療法、絶望

糸ほどの考え


にほんブログ村http://sick.blogmura.com/

今日も一歩も外に出ませんでした。プレドニン25ミリ、結構な山場で参っております。ムーンフェイスは落ち着いてきたのですが、脱毛はひどくなっており、今回はマシとか思っていたけど結局容赦なかったプレドニンさんでございます。相変わらずうつ病の私ですが、また立ち上がる機会を得たので、今日も懲りずにブログを更新します。あ、すごく話が変わりますが、今日は親友のバースデーで、先週、街に繰り出して頑張って探したプレゼントを送ると、ものすごく喜んでくれました( *´艸`)マークのアイテムはひとつも持っていなかったとのことで、よかった~~( ;∀;)そんな親友、バースデーの本日、39度のお熱がでて会社早退したそうで、こんなに苦しい高熱に3か月も耐えた私のことを信じられないと嘆いておりましたw。うん、私も毎回よく耐えてきたわw。

 ところで、私の最近の根本的な鬱問題ですが、それは今までの24年間、あまりにも間違った選択をしてきてあまりにも無知であまりにもバカだった人生が嫌すぎて死んでいました。かれこれ1週間悩みもがいた結果、答えがでたので少し前に進んでおります。尊敬する恩師に、私たちが住む地球はボールのように球でできているのにも関わらず、数千里行っても平地で済みやすく、行き来しやすいのはなぜだかわかるかと聞かれ、それは、それだけ大きいからであるというシンプルな答えをもらうと同時に、それとおなじく、次元を上げれば楽で住みやすい違った世界になると教えていただきました。だから大きく沢山行って次元をあげる生を生きなさいと言われました。でも、あまりにも人生を失敗したし、24年も無駄にしたのでもう無理だと思ったのですが、さらに答えをくださりました。次元をあげる過程が大変なだけで、次元を上げたら楽であり、次元をあげるための力も考えも体もあるからできるとおっしゃいました。ポイントは漸進的に進むことだそうで、何よりも心に響いた言葉が、「糸ほどの考えでも諦めなければ生き返る」という言葉です。

 糸ほどの考えってものすごく小さいけれど、私にとってものすごく大切なものです。糸ほど小さくても、もう一度やろう、立ち上がろう、挑戦しよう、そう思えることは本当に大きいことだと思っているし、どんな時も、そのような考に生かされてきました。考えで鬱にもなるし、進むこともできるし、本当に考えは大切だと思います。正直な話、結局はその考えや生き方を誰から学ぶのかが1番大切で、私はそういう存在である恩師に出会えたことだけは生きていてよかったと思えるし、教えてくれ道を示してくれるから生きてます。このへんの話はあまりにも経緯がありすぎてこのブログで簡単に書ききれないのでまたの機会にしますがw。

 24年も人生を無駄にしたと1週間落ち込んでいたわけですが、それに対して恩師は、「人間は<自分が願い、好きで行なったこと>でも、時間が過ぎれば嫌になり、後悔するようになる。自分が好きでやっておいて、「私はどうしてこのことをやったのだろう?私はどうしてこの人を愛したのだろう?私はどうしてこれを買ったのだろう?私はどうしてこれを売ったのだろう?」と言うようになる。人間は限界に置かれて、遠く見通すことができないからだ。」とおっしゃいました。正直、そうですとしか言えませんわ。いつも限界におかれてその瞬間を生きることに必死だけど、必死なわりにはまったく有益を得ない人生でしたw。だから落ち込みますw。そして無知な私が最大限知っている方法で最大限自分の意向通りに生きた結果失敗して、もはやもうなにをすればよいのかわからなくなり、これからは本当に生き方を変えなければならないと決心して入院生活を過ごしていたのです。それから今に至るわけですが、本当に自分のすべきことを分かって、それをまるで競争している人のように集中して走ることが今の課題であることを悟りました。ちなみに、じゃあ、自分のすべきことって何?自分のすべきことだと思ってやってきたことが人生24年にして何もかも無駄だったと思うようになったのですが、、と反抗的なことを思ったのですが、一定期間、それを見つけるために準備しつつ探すことが大事だと聞き、まさにそれがいまであることを認めたとき、焦る心が焼却されました。

 「<自分に該当すること>は、ご飯を食べるように、トイレに行くように、必ず「自分」がやらなければならない。あなたがやらなければ誰がやるのか。もう知らないと言ってはいけない。」本当にその通りです。何度も私の体は私しか管理できないし、行えないのに、すぐにもう知らん!と投げ出して、今回も1週間も自暴自棄になってしまった。ああ、相変わらず、つまずく率が高いですね。でもいいです、今は。漸進的に変わってくれればよいのです。病気もどうか漸進的によくなるために糸ほどの考えで負けないでいこう。。。極論、人生が終わったと思ったときでも、糸ほどの考えさえあれば生き返る!(´◉◞౪◟◉)